ちょうど今、このブログを書いているときにドスンとやや強い地震があり、
予言が当たったのかと思いました。
今のところ被害はなさそうです。
外は相変わらず猛烈に暑くこの週末も続きそうです。
こちらの予言は当たっているかもしれません。
70、80、と続けてきたソファの紹介も90で最後となりました。
90’Sソファ
2人掛け ¥37,800
3人掛け ¥46,800
写真はサンプル商品です。
実際は、ブラック、
ホワイトの2色展開です。
90年は、その10年間を一言で言い表せないほど
前半と後半では違います。
90年代は、今まで繁栄を続けていたバブル経済の終焉とともに始まります。
大きな銀行や証券会社が倒産しました。
土地価格の下落に伴って色々な商品の価格が下がりはじめました。
いわゆるデフレ経済が始まったのです。
価格破壊、流通革命という言葉が流行りました。
バブルの崩壊には何時何分に崩壊したという定義はありません。
後になってだいたいこの時期だということになりました。
庶民生活では、価格が安くなった分だけ消費性向は強くなりましたが、
一方その分企業努力が必要になり
「リストラ」「就職氷河期」といった負の側面もありました。
レコード会社が経営する飛行機の格安チケットで
「落ちるかも」とヒヤヒヤしながら
ヨーロッパのブランド店に若い日本人女性が行列して
現地の人たちを驚かせました。
日本のカフェには、彼のポケベルに14106(愛してる)とメッセージを入力して
なかなか鳴らないポケベルを待っていましたが、
あきらめて近くの公衆電話から3470(さよなら)と
泣きながらプッシュフォンのボタンを押しましたが、
その夜高校時代の友達との飲み会がきっかけになり、
ラブストーリーが突然はじまりました。
E電の車内では、ツータックにダブルのバブリーなブランドオヤジが
当時としてはめったに見ない携帯電話(かなり大きい)で
自慢げに大声で話していました。
「ネェちょっとさぁ、俺の口座から10億円振り込んどいてくれる」と。
冬になると多くの若者がロマンスの神様に願いをかけて
スノーボードを持ってゲレンデに向かい
「アフタースキー」で初対面の男の年齢、住所、趣味、職業を
さりげなくチェックして、
すぐに恋愛関係に発展していきました。
ロマンスの神様に感謝できない人は
毎週ゲレンデに通うことになりました。
90年も後半になると変わっていきます。
ポケベルからピッチ(PHS)や携帯電話にかわり、
そこらじゅうで会話をしていました。
スーツもツータックや肩パットの入ったものから
スッキリした三つボタンになりました。
恋愛もインスタントではなくなりました。
人が少なくなったゲレンデは、
どこまでも限りなく降り積もる雪のなかで、
恋しさをせつなく感じていました。
突然の繊細なピアニストとの出会いは、
イチミクロンも可能性のない二人をゆっくりと
イチミクロンづつその距離を縮めていき結婚式場に導きました。
アイルトンマンションには今もスーパーボールが残っています。
この90年代(1996)に第一号店であるNOCE自由が丘店が
目黒通りにオープンしました。
後に目黒家具ストリートと呼ばれるほどインテリアショップができ、
インテリアブームに火がつきました。
当時、ヨーロッパ家具は高いものとされたものを
直接工場から買い付けて販売して価格を下げたのがうけて、
NOCEは全国に店舗をひろげていきました。
2000年代
は、まだ語れません。
そのイメージのソファもデザインできません。
が、突然僕のところに取締役から
「この9月に横浜にオープンする店の
コンセプトとレイアウトを考えてくれないか」ときました。
自信ありませんが取締役からの命令には逆らえません。
それでもバイイングの失敗をカバーする
絶好のチャンスになるかもしれないので引き受けました。
これが、70、80、90、そして「今」ということで横浜店をお見せします。

「ウーンよくここまで引っ張れたもんだ」と上司にイヤミを言われました。
「本当は横浜のこと紹介するために無理な文章考えたんじゃない」
「だいたい70’ 80’ 90’なんて変なネーミングのソファだし」
確かにちょっと出来過ぎかもしれませんが偶然です。
からくりは誰にも言えませんが。